「秋葉原事件」を覚えていらっしゃいますか?
秋葉原で2008年に発生した、死者7人負傷者10人を出した無差別殺傷事件です。
犯人の加藤智大(当時25歳)は、2015年に死刑が確定、2022年に執行されています。
私は、特段この事件に関心を寄せていた訳ではないのですが、
死刑執行に伴い、政治学者の中島岳志さんが新聞に寄稿していたのを読み、
本書の存在を知り手にした次第です。

 中島岳志さんには以前から関心があり、彼の本は7~8冊読んでいましたが、
ジャーナリストでもない彼が、この事件はディテールこそが重要と、各地へ赴き、
丹念に聞き取り取材をして本書を上梓したことも、さらに興味をかき立てました。

 2008年といえば、リーマン・ショックのあった年。年末には「年越し派遣村」も設けられ、
当時、派遣労働の問題が一気に顕在化。
そのため、派遣労働者だった加藤の犯行動機も、そこに結びつけられ、論じられがちでした。

 しかし、その後の裁判で、加藤は一貫して、派遣であったことは事件と関係ない、
インターネット掲示板で「荒らし」や「なりすまし」などの被害を受け、
管理者に訴えても対応されなかったため、
事件を起こすことで「おまえらが俺を無視するからこんな大事件が起きてしまったんだと思わせ、
責任を感じさせてやりたい」という趣旨の供述をしていたようです。

 加藤は、小中学時代は、成績優秀でスポーツもできましたが、
小さい頃から母親が過干渉で、本人の希望や意向を受け入れないだけでなく、
怒るときはいつも理由を説明しなかったといいます。
このため加藤は、自分の感情を言葉にせず行動で表す習慣が身についてしまい、
本人も「いつもの行動パターン」と表現し、自覚していたのです。

 遊ぶ友人は多かったものの、
友人からは「地雷のボタンがどこにあるかわからない」といわれており、
日常的にも、突然、意味が理解できない行動に走ることも珍しくなかったようです。

 加藤の人生の軌跡を俯瞰してみると、地元青森の名門高校を卒業、
母に反発した行動として自動車整備士などの資格取得を目的とした岐阜の短大に行くものの、
資格を取得せず進路も決まらないまま卒業。

 その後、仙台・埼玉・茨城・青森・静岡と各地を転々とし、
車購入などから消費者金融に手を出すも完済せず、
会社もアパートも放置して突然飛び出してしまうこともしばしば。自殺未遂も2回経験しています。

 こうして、生活的には自らを追い込むような行動を繰り返してしまい、
自分を支え「居場所」でもあった掲示板が意味をなさなくなったことなどをきっかけに、
犯行に及んでしまうのです。

 最大の疑問は、派遣や消費者金融で生活がままならない人はたくさんいるのに、
なぜ、あんな「拡大自殺」ともいえる犯行を引き起こしてしまったのか、ということです。

 やはり、「いつもの行動パターン」を生み出してしまった母親の、
理由を言わない怒り方や過干渉が大きいと感じました。
すでに書いたように、掲示板を荒らされ管理しないことへの怒りの感情を、
他の行動でアピールしたことを加藤自身も述べているからです。
もちろん、その感情と行動のギャップは大き過ぎ理解に苦しむのですが、
直接のきっかけに嘘はないでしょう。

 だとすれば、やはり、母親の理不尽な過干渉がなかったならば、
事件はなくて済んだかもしれません。
その意味では、幼少期に自己承認が得られないような育て方をしてしまう「毒親」問題こそ、
現代社会が解決しなければならない大きなテーマと言えそうです。
子どもは親を選ぶことはできないのですから。

 ちなみに、本書は、事件の3年後の2011年に書かれていますが、中島岳志さんは、
2023年には、 雨宮処凛さん、杉田俊介さん、斎藤環さん、平野啓一郎さんらと
『秋葉原事件を忘れない』(かもがわ出版)という本も世に問うています。

 当時は「拡大自殺」的な無差別殺人が多かったようですが、2016年のやまゆり園殺傷事件、
2019年の京都アニメーション放火事件、2022年の安倍元首相銃撃事件など、
次第に中島さんが危惧していた、目的のはっきりしたテロの連鎖へと向かっているようにも見えます。

 また、この本で知りましたが、加藤は2012~2014年に、
4冊もの本(手記)を発行していますが、いずれも言い訳的で、
自己正当化のための物語化とのこと(4冊目のタイトルは「殺人予防」なので驚きです)。

 なお、2014年には、加藤の弟(当時28歳)が自殺しています。
1週間前に『週刊現代』の記者へ手記を送り、加害者家族としての苦しみを伝えていたようです。
やはり、1人の人間が引き起こした誤りが、
被害者にとどまらない多くの人に悲劇の連鎖を生み出してしまうことを痛感させられます。

tomeさん

この本をチェック

秋葉原事件 : 加藤智大の軌跡

中島, 岳志, 1975- / 朝日新聞出版 / 2013/06