著者は元博報堂の社員で、社内で「ソロ男子プロジェクト」を立ち上げ、
独立後は「独身研究家」として活動、2040年には独身者が5割になる
「超ソロ社会」の到来を予測している方です。

 しかし著者は、そのことを悲観している訳ではありません。
居場所がなく、家族や友達をもたないことは「悪」でも「不幸」でもなく、
大切なのは、所属ではなく接続、ウェルビーングではなくウェルドゥーイングだと説きます。

 また、「幸」という字は、もともと「手かせ・手錠」の意味だそうで、
「しあわせ」が「幸せ」の表記になったのは江戸時代以降。もともとは「仕合わせ」であり、
その語源は「為し合わす」という「為す」と「合わせる」という2つの動詞で、
「誰かと何か行動を一緒にする」という意味。
つまり「しあわせ」とはウェルビーングという状態ではなく、
むしろウェルドゥーイングという行動だったのです。

 コミュニティの崩壊が叫ばれて久しく、近年「居場所」の重要性が言われていますが、
居心地のいい居場所を見つけたり作ったりすることは容易ではありません。
そこで、著者が提唱するのが所属する「居場所」ではなく、接続する「出場所」。

 本文にはありませんでしたが、高齢者に大切なのは「きょうよう」と「きょういく」、
「教養」もですが「今日用」があること、「教育」もですが「今日行く」ところがあること、
という話と重なります。

 人は十人十色ながら、一人の人のなかにも多様な志向性があり、一人十色ともいえます。
一つのコミュニティに所属・接続するのではなく、
多くの人やコミュニティに接続できる多くの「出場所」を持っていることが、
これからの社会では大切という考え方は同感です。

 なお、接続する出場所と言っても、ネットは接続点に過ぎないそうです。
同じ考え・同じメンバーでつるんで安住していては、リアルでもネットでも所属する居場所の延長。
つながることは手段であって目的ではなく、つながることを通じて、
新しい自分を生み出すとこが目的だというのが著者の考え方です。

 心を病む人が多い現代、「そのままでいいんだよ」という思想も強くなっていますが、
自分を少しでも変えたいと思う人には、ひとつの選択肢を示すメッセージにもなると感じました。

tomeさん