自己啓発といえば、かつては「カツマー」こと勝間和代のファンに代表されるような、
「いかに自分の価値を高め、いかに高く売るか」に努力する若者が多く見られました。

いわゆる「意識高い系」の人々で、その自己啓発を著者は「足し算型」だと言います。
しかし、リーマン・ショック以降、いくら努力しても報われないケースが増加し、
2020年以降もてはやされるようになったのが、
ネット掲示板「2チャンネル」の管理人だったひろゆきです。

彼は、「がんばらない」「競争しない」「モノをもたない」という、これまでの
「足し算型」の自己啓発の逆ばりの「引き算型」の自己啓発本を多数出版し、
一世を風靡したと分析。

そして「考え方次第で幸せになれる」ことを説き、
就職氷河期世代だったロスジェネ世代に響いたと見取り図を描いています。

おもしろいのは、「ひろゆきブーム」は、
2010年以降のお部屋片づけの「こんまりブーム」や「断捨離ブーム」も、
「引き算型」という意味で、同じ流れと捉えていること。
「社会は思い通りにできないが、身の回りなら思い通りにできる」。
社会変革より自己変革という訳です。

本書では、自己啓発を、このように「足し算型」と「引き算型」に分類し、
前者の歩みも俯瞰しています。

「足し算型」自己啓発は、アメリカ建国の父から始まり、
大谷翔平も愛読した中村天風から松下幸之助、そして、
日本の庶民にも浸透していた「正直・倹約・勤勉」の道徳思想にも言及しています。

注目すべきは、そんな日本人の道徳もあってか、
明治時代に人気を博した『西国立志編』ことサミュエル・スマイルズの『自助論』の見直し。

自己責任論の強い今日の日本にあって、「天は自ら助くる者を助く」で始まる本書は、
いまでも読み継がれており、勝間和代氏も推薦しています。

しかし、普及しているのは「完訳」版ではなく、本書の「抄訳」版。
原著を読むと、自分ひとりだけでの自助ではなく、
自助と相互扶助は一体であることが書かれているそうです。

そのことを初めて指摘したのは宮崎学『「自己啓発病」社会』(2012年)だとか。
なんと150年間も誤読されていたことになります。

アダム・スミスが「個人の利己的な行動が社会全体の利益につながる」と
自由競争の父のように言われていますが、
実は友愛の大切さも説いていた話とも相通ずるものがあります。

人間は社会的動物。しかも、現代社会は複雑につながり絡み合っており、
人間関係を抜きにした自己啓発はあり得ないことは、
忘れてはならない大切な視点だと、改めて気づかされます。

tomeさん