ずっと聴いている。そして忘れない

永井玲衣さんの『世界の適切な保存』は、前作『水中の哲学者たち』からもっと彼女独自の興味にこだわった哲学エッセイになっている。この人は、全国各地で「哲学対話」と呼ばれる小さな集会を開いている。そこでは誰の話も大切に聞かれる。それがルールだ。このことは大きな効果を生むだろう。誰も自分の話を捌かず評価しないで丁寧に聞いてくれる場所は日常的にはとても珍しいのだから。人はきちんと聞かれるとそれだけでも癒やされていく。彼女の面白いところは、いつもアンテナを張って耳を覚まして見知らぬ人の発言まで収集していること。当然の帰結として、文学や詩に近付いていく。だからこの本は哲学の本、対話の本のはずなのに、自分の心と対話し、詩人の言葉に引き寄せられていく。コミュニケーションが一段深く、それこそ水中に入っていく本。

poohさん 56歳 男性