私事であり本書の内容と無関係だが、鳥取県訛りの母は『ひらやまいく』と言ってエベレスト街道にて一か月音信不通で旅してきたことがある。全然平たくない。

 翻して本書は100年以上前に原始仏教を求めてチベットに旅立ったある若き仏法僧の回顧録である。

 著作権が切れているので青空文庫で挿絵付きで読めるがこれがまたとんでもないロックな坊主なのだ。

 天皇陛下万歳。
 明治のひとなので今との皇室との距離感が軍国主義時代のそれとも令和の現代と違う。もうなんかあるたびやっているが空気のように自然に天皇崇拝をやっている。

 川口慧海氏は仏教僧であるが30代入ったばかりの時に仏教の真の姿を模索すべく『チベットいく』と旅立つことになる。

 チベット語を日本で学ぶことはできないからインドの言葉や英語を学ぶ。
 そのせいで『大乗仏教サイキョー』『本来は小乗なのだよふざけんな』と師匠と大喧嘩もかます。

 この時代の仏教僧であるため教養人であり、チベット行くというとクラウドファンディングに支援する変な人( `・∀・´)ノヨロシクとばかりに次々知人友人檀徒が協力してくれるのだがこの人はあくまで僧侶なので……。

『旅費かかる? 人手もいる? 一人で行きます。路銀は坊主なので問題ない』
(※当然所々で餓死寸前に)
『支援? お前タバコや酒や殺生やめろ。そっちのほうが絶対俺にとって助けになる(※仏の加護が加わるとのこと)』
(※所々でやばいほどの幸運に恵まれるが実際切り抜ける)
『餓死しそうになったり凍死しかけているのにどうにもならんと座禅して経読んで俳句とか作って実際生きのこる』
(※自殺行為レベルの衣類装備だが日本で貰ってきた脂を身体に塗って凌いだりしている)
『当時の日本人は骨接ぎできたり、学問できる関係で仏教哲学や医学などに通じているし語学の才能ある。禅宗らしく論戦も超得意』
(※おかげであちこちにて論破したり協力を取り次いだり異国語で高位の仏法僧と学問や仏教議論を高めあったり国際的な文章もサクサク作る)
『ことあるごとにモテる』
(※肉欲を辞めちゃっているから迷惑でしかなく、命の危機にすら)
『酷寒のチベットにて塩砂糖バターを大量にブッ込んだバター茶と肉食は必然だが午後から飯を食わないとか肉食わない戒律を頑固に守り通す。蕎麦粉菓子で済ます。何年も』
(※本当にこの人なんで死なないのだろう……)

 当時のチベット医術は骨接ぎなどを知らなかったことや現地人のけんかっ早い気風、『歯を磨かない』『そもそも風呂に生まれてから入らない』『風邪をひいて日中寝たら死ぬことがあるのでそのまま日中病人を寝かさないことが社会的に定着している』などなどの医療的迷信を学問的アプローチで排しつつもあちらの優れているものはどんどん取り入れるので貧乏僧侶がいつの間にか大臣の家に住んでいたりする。

 うむ。やっぱりこのお兄さんおかしいよ。

 なろう主人公なら「あれ、俺またやっちゃいましたか」と愚かなことを抜かすが彼の場合かなり自覚的だから当然行く先は聖人の扱いを受けて仕方ない。

 どんなつらい時も詩作をすることで力を得る。
 本人に言わせれば日本語の力を感じるらしいがこの人はチベットで記した書物も現在続々と発掘されている。

 うんやっぱりこの人凄いよ!

 序盤『おまえ鎖国しているチベットに入ったら類縁のひとみんな殺されたりするぞ』と具体的エピソードを添えて脅されて警告されるのだが。
 仏教への情熱その程度でおさまらずそういう意味では彼もまた煩悩から逃れられない若者であり、実際行ってしまって当然知人がえらい目にあうので後から必死で救済のため奔走する。

 この辺、世間体を気にしない現代人に近い気が。
 現代人は『お前が漁師でもないのに魚採りするのを辞めて徳をつみなさい。カネより嬉しい』とか言わないけど。
 余計なお世話だとかなる。

 慧海氏は仏法僧なので『死ぬのが怖いというが私は生まれた時を知らない。つまり生まれた時を知らないのと同じく死も知らない。よって怖いと思わない。それより仏教だ!』

 こんなノリである。
 自重しろ。

 慧海氏は中国僧侶(※当時は清帝国)を偽装してチベットに入るのだがなんか日本が大清帝国に勝ってしまってその後日本の評判がよくなりチベット人にも『あれ清のひとちがう』と露見していく。

 後半は完全にチベット人を偽装している能力を得ているのだがその理由たるや学費がなくなるからであった。
 でも肉食わない酒呑まない女遊びしない坊主って普通に変である。

 そりゃバレるよ!

 立ちふさがる五つの関所を智と知、徳を用い瞬殺で突破してインドに帰国する慧海氏。

 その後始末もまた華麗でなろう勇者の後始末要素もあるかもしれない。

 彼の信仰の道の究明は根深誠氏の著作に詳しいが、根深氏に力をかした現地の人々にとっては河口慧海のルート解明は彼らにとっても仏の道を辿っていく旅路であった。
 たとえ一帯一路を唱える共産中国がチベットの地を改革系なろう主人公なみに変えて行こうとも、空飛ぶ鳥に故人の遺骸をあずけて解き放っていた人々の魂は別の形をとろうとも受け継がれていく証明である。

 チベット旅行記は青空文庫では挿絵つきで無料で読めるのみならず、Amazonの電子書籍朗読サービスオーディブルにもなっているので読書の時間が取れないひとにもお勧めである。

鴉野 兄貴さん 男性
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