人口10万人あたりの自殺者数を自殺死亡率(略して自殺率)と言いますが、
都道府県別に調べてみたら、一番多い山梨県21.9人に対して、
一番少ない鳥取県は12.1人と2倍近い違いがありました(2024年厚労省統計)。

本書の舞台となる徳島県は16.1人と、全国平均の16.4よりは低いのですが、
著者が市町村別に子細に調べたところ、当時の徳島県海部町(現 海陽町)は、
8.7人に対して、両端に隣接する二町は26.2人と29.7人。
なんと3倍以上の開きがあったそうです。都道府県別の比較だけでは見えてこない事実です。

人口が少ない市町村では、1件あたりの増減が自殺率に大きく影響するため、
著者は、1973~2002年の30年分を調べ上げ、平均値を出して比べているのです。

このことから「この町には自殺を予防する何かがある」との問題意識を持ち、
4年をかけて調査し、その秘密を解明したのが本書です。

全国の市区町村別に、自殺率の低いベスト10を調べたところ、興味深いことに、
8位となった海部町以外は、すべて「島」の自治体だったそうです。
その意味で海部町は「日本でもっとも自殺率の低い町」といえるかもしれません。

こうして著者は何度も海部町に通い「自殺予防因子」の調査を始めたのです。
「そもそも、発生したことの原因は突き止められても、
発生しなかったことの原因はわからないのではないか」という周囲の心配をよそに、
遂に5つの自殺予防因子を見つけ出しました。

まずは「いろんな人がいてもよい、いろんな人がいたほうがよい」ということ。
いわば多様性ですが、おもしろいことに、海部町は、老人クラブの加入率は低く、
赤い羽根募金も集まりが悪いそうです。要は、統制や均質を避けようとする傾向があり、
同調圧力が弱く、異端の人も異端のまま居やすいといえそうです。

次に「人物本位主義をつらぬく」。これは、年齢・地位・学歴・家柄などに囚われないということ。
年長者だからといって威張らず、
町の人事でも、年功序列ではなく、適材適所が伝統になっているとか。

そして「どうせ自分なんて、と考えない」。お上頼みにはせず、
主体的にかかわろうとする気風があるようで、いわゆる自己効力感が高い人が多いようです。

さらに「『病』は市(いち)に出せ」。これは現地の旅館のご主人から聞いた言葉で、
「悩みやトラブルは隠さず、やせ我慢せず、思い切ってさらけ出せ、早めに相談せよ」
という教えなのです。

最後に「ゆるやかにつながる」。自治体の比較アンケートでは、
「日常的に生活面で協力しあっている」と答えた人は、
自殺多発地域の町では44.0%だったのに対して、意外なことに海部町は16.5%。
ともすると助け合いは粘質なつきあいになりがちですが、
海部町のコミュニケーションは淡白な印象があるそうで、基本は放任主義。
そうした「ゆるやかなつながり」が、むしろプラスに働いているのです。

なお、本書では自殺率は、過疎地や標高の高い地域ではなく、傾斜地であることが関係しており、
傾斜が強くなるほど自殺率への影響が高まるというデータを明
らかにしています。
「傾斜は人間にストレスを与える」ということかもしれません。

この研究は、著者の博士論文で、丹念に調べ上げた成果は注目を集め、
第1回日本社会精神医学会優秀論文賞を受賞。

精神科医の森川すいめいさんも、著者の研究発表を聞いて大きな衝撃と刺激を受けたそうで、
以来「自殺希少地域」に足繁く通うようになります。そして5カ所6回を訪問、
それぞれ1週間程度滞在したときの記録と考察を本にまとめました。

タイトルは『その島のひとたちは、ひとの話をきかない 精神科医「自殺希少地域」を行く』。
著者は違えど、まさに本書の続編ともいうべき本。
タイトルからして興味津々。こちらもおすすめですので、是非読んでみてください。

tomeさん